労働・従業員に対する債権の給与からの天引きの可否ってどうなん??
2021/07/07
従業員に対する債権の給与からの天引きの可否について、以下の問い合わせがかなりあるので、 解説したいと思います! 注意が必要な業界は、「運送業」です!! 他の業界でもちらほら聞きますが、圧倒的に多いです。。。。 この事例が参考になればと思います。 ≪質問≫ 従業員が仕事上保管していた会社の備品を換金・着服するという問題が起きました。 その後、従業員が代替品購入代金を弁償すると申し出たのですが、 一括では支払えないので引き続き働かせてもらって毎月の給料から支払いたいと言うてます。 当社としてもいわゆる警察沙汰にはしたくないのと、分割でも弁償してもらいたいことから、 解雇はせずに毎月の給料から返させたいと思います。 給与からこの分割弁償金を天引きしたうえで残金を支給するということは問題ないでしょうか?? ≪回答≫ 1.会社が従業員に対して損害賠償請求権を有しているとしても、 一方的に給料と相殺することは法律で禁じられています (労働基準法24条、17条)。 2.例外的に、従業員が自由な意思に基づいて、 使用者に対する債務と自分の給料債権とを相殺する(給料から天引きする) ことに同意した場合であれば、相殺(天引き)も許されると解されています (最判平成2年11月26日後記参照)。 3.当該従業員に対して公式に弁明の機会を与え、 それを踏まえて就業規則に基づく懲戒処分をするかどうかを決め、 併せて弁償についても公式に協議を行って従業員からの真摯な申出があったことを 証拠化しておくことが有益です。 ≪解説≫ 【労働法、労働契約解釈の指針】 先ず、労働法における雇用者、労働者の利益の対立について申し上げます。 私的自治の基本である契約自由の原則から言えば、 労働契約は使用者、労働者が納得して契約するものであれば、 特に不法なものでない限り、どのような内容であっても許されるようにも考えられますが、 契約時において使用者は経済力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし、 労働者は労働力を提供して賃金をもらい生活する関係上から、 さらに長期間にわたり指揮命令を受けて拘束される契約の性質上, 常に対等な契約を結べない危険性を有しています。 しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り、 人間として値する生活を保障した憲法13条, 平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので, 法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により, 労働者が対等に使用者と契約でき, 契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。 法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから, その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという 観点からなされなければならない訳ですし, 雇用者の利益は営利を目的にする経営する権利 (憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)であるのに対し, 他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし, 個人の尊厳確保に直結した権利ですから, おのずと力の弱い労働者の利益を保護する配慮が要求されることになります。 ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を 営むための必要を満たすべきものでなければならない。」 第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」 と規定するのは以上の趣旨を表しています。 従って,以上の趣旨を踏まえて賃金の全額払いの原則、例外を検討し, 法規等の解釈が必要となります。 【使用者からの損害賠償請求に関する問題】 給料からの天引きが許されるかという質問の前段階として,使用者から従業員に対して, 仕事上のミスに関して損害賠償請求が許されるかという問題がありますので, この点に軽く触れておきたいと思います。 仕事上のミスというものは,たとえまじめに勤務していても生じうるもので, ミスによって生じた損害の全部を常にミスをした従業員に賠償できるとはいえません。 従業員の不注意の程度の大小など,諸般の事情を考慮することとなります。 また,従業員に賠償を請求しうるとしても,発生した損害の全部について請求できるのか, それともそのうちの一部に限られるのか,という問題もあります。 ミスは生じうるものということを前提に, 使用者側で適切な管理体制がとられていたかなどが考慮されて, 損害賠償請求が実際に生じた損害の一部に限ってのみ認められるという例も多々あります。 このように,そもそもミスをして損害を発生させた従業員に対して, 使用者がどこまで損害賠償請求できるのかということ自体が問題となり得ます。 ただし,本件について伺った限りの事情によりますと, 仕事上保管していた備品を換金・着服したということですので, 単なるミスにとどまらない故意に基づく行為であり, 犯罪(業務上横領罪)すら成立しうる事案といえます。 【給与からの天引き,控除,相殺が認められるか――賃金全額払いの原則との関係】 まず原則として,使用者が従業員に対して損害賠償請求権を持っているとしても, 従業員の同意なく一方的に給料とその損害賠償請求権とを相殺することはできません。 つまり,給与からの天引き,控除は認められていません。 その法律上の根拠は,労働基準法24条1項です。 使用者には,従業員に対して給料全額を支払うことが要求されていて, この決まりは「賃金全額払いの原則」と呼ばれています。 同条項は、賃金の支払いに関して「通貨で」「直接労働者に」「全額を」支払わなければならないとし、 さらに同条2項で「毎月1回以上、一定の期日を定めて」 支払わなければならないと規定しています。 趣旨,狙いは,賃金が労働者の唯一の収入の手段であり、 生活の糧であることから賃金の全額が毎月労働者の手元に確実に入るようにして労働者の 生活を保護することにあります。 相殺に関しては、相殺により、賃金全額を支払わずに賃金債権を消滅させることになり、 賃金全額払いの原則、つまり使用者が一方的に給料からの控除をすることを禁止して, 従業員に給料の全額を受け取らせることで, 労働者の経済生活が脅かせることがないように期するという点に反することになります。 これに対する違反は労働基準監督署による監督の対象となりますので, 使用者側としては注意が必要です。 労働基準法24条1項には但書があり,法令や労使協定に基づく場合を例外として定めていますが (例えば厚生年金の保険料や労働組合の組合費など賃金から控除することは 形式的に見ると全額払いの原則には反しますが、 合理的な理由があり労働者の生活に影響がないということで例外として認められます。), それらにあたらない限り,同条項本文の原則に従うこととなるというのが条文の構造です。 つまり,使用者が従業員に対して損害賠償請求権を有していたとしても, 天引きして給料を支給することは許されず, 給料は給料として全額を支払ったうえで, 別途請求することが原則となります。 【最高裁判例が認めた例外】 このように,賃金全額払いの原則は使用者側にとって厳しい内容となっていますが, およそ一切の天引きが禁じられているということではなく, 厳格な要件は課されているものの,例外が認められると解されています。 最高裁判所平成2年11月26日判決(日新製鋼事件)は, 「労働者がその自由な意思に基づき」相殺に同意し, 「同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる 合理的な理由が客観的に存在するときは」, 相殺が可能であると判断しました(相殺についての労働者の同意がある場合ということですから、 これは債権者が一方的に相殺をするということではなく、 相殺契約で債権を消滅させるという法律構成になると考えられます。 但し、そのような相殺契約でも労働者が相殺の同意を迫られる恐れがある事から、 労働者の自由な意思や相殺についての合理的な理由という要件が必要になります。)。 このような場合であれば,賃金全額払いの原則を定めた趣旨に反しないといえるためです。 したがって,本件においても,天引きをするためには上記の要件を満たすといえるように注意しなければなりません。 従業員側から,後日,この点の指摘を受けたとしても堂々と跳ね返せるだけの理論武装と実践が必要です (労働者が訴訟で賃金を請求する場合、原告労働者は一定期間労働力を提供したことを請求の原因として主張立証し、 被告側の会社は現金で支払った分と相殺分による賃金債権の消滅を抗弁として主張することになりますから、 相殺の有効性についての立証責任は被告会社にあります。 裁判は立証責任にある側に敗訴の危険があると言えるので相殺が有効となるための事前の準備が必要になります。)。 【自由な意思に基づく同意があったといえるかの高いハードル】 従業員による自由な意思に基づく同意があったといえるためには, 単にその旨の一筆を書かせれば済むというような容易い問題ではありません。 上記最高裁判決も「同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は, 厳格かつ慎重に行われなければならないことはいうまでもない」としており, 表向きだけを取り繕っても半強制的な事情が疑われてしまう危険があります。 上記最高裁判決の書き方によると, 「自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」 ことの立証責任は使用者側に課されていると読めます。 つまり,会社側が合理的な理由が客観的に存在することを証明できない限り, 賃金全額払いの原則違反だと認定されてしまうのです。反面,従業員側としては, 半強制だったことまでの証明をする必要はなく, その疑いを生じさせれば十分ということになります。 この立証責任の分担を踏まえて,万全を期すつもりで対処すべきでしょう。 皆さまご参考にどうぞ<(_ _)>